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札幌の歴史と、JCとの関わりについて

近代のまちづくりにより整備された札幌

【明治、開拓使によって開かれた札幌の地】

もともとはアイヌの土地だった札幌近郊は、1869年(明治2年)、石狩国札幌郡に属して開拓使直轄の地となり、この時から北海道開拓の歴史が始まりました。主席判官の島義勇は、石狩本府を現在の南一条通りに置き、これが、南一条通りで南北、大友堀で東西に分かれる整然とした区画の街・札幌の基になりました。このように機能的に組み立てられた都市は日本でも珍しく、札幌の特徴となっています。

1971年(明治4年)5月に、札幌開拓使庁(写真は復元された開拓使庁)ができると、1975年(明治8年)に屯田兵が入植、本格的な開拓が始まります。島は農業の発展に力を入れ、耕作指導と西洋種子の配給に努めました。その後、大農法の導入や、札幌農学校のクラーク氏などの協力により、北海道はジャガイモ、カボチャ、タマネギなどの一大産地となります。開拓使はブドウ酒、ビール、製粉、紙など様々な物の製造を試み、今日の北海道を支える産業につながりました。その後も順調に発展を続け、1922年(大正11年)に市制施行され、正式に札幌市となり、1971年(昭和46年)に目前に控えたオリンピックのために地下鉄が開通、1972年(昭和47年)にはアジアで初の冬季オリンピック大会が開かれました。

急速な近代都市化に伴い、都市中心部での交通渋滞が深刻化したことで、JR札幌駅付近の高架化が行われ、(CHECK1→)都市としての機能化が進みます。地下鉄もその後2線が追加され、高速道路の整備とともに、名実ともに北海道一の都市となります。

 

文化面では、早くから開催されていた「さっぽろ雪まつり」が、世界的フェスティバルとして認知され夏場でも「よさこいソーラン祭り」が、全国的な盛り上がりを見せ、夏の風物詩として定着してます。札幌市を魅力あるまちにしたいという有志の集まりや諸団体により、芸術のまちとしての発展を願い、「札幌芸術の森」を設立し、(CHECK2→)音楽面でも「コンサートホールKITARA」などが建てられ、札幌市東区には、故イサム・ノグチ氏による「モエレ沼公園」が完成。市民の憩いの場として活躍しています。

 

スポーツ面では札幌ならではのウィンタースポーツが盛んに行われ、昭和47年の札幌冬季オリンピック開催時も、日本勢の実力を世界に向け遺憾なく発揮されました。平成に時代が移り、Jリーグ開幕による全国的なサッカーブームの到来により、札幌市にもプロサッカーチームが市民からも望まれ、地元企業スポンサーによるバックアップを得て、「コンサドーレ札幌」が設立。(CHECK3→)より大きなスタジアムの設立が切望され、札幌ドームの建設につながり、2002年のワールドカップサッカー開催地として、世界にその名を広めました。札幌ドームの設立は、まだ存在していなかったプロ野球チームの誘致活動にも発展し、2004年ついに北海道日本ハムファイターズがスタートします。新庄選手の人気なども後押しとなり、最高潮に盛り上がりを見せた2006年、ついに25年ぶりのリーグ優勝を果たし、日本シリーズでも勢いはとどまることを知らず、44年ぶりの日本一を成し遂げます。新庄選手が引退した後も2007年、球団初のリーグ2連覇を達成。札幌市にプロ野球を定着させるに至っております。



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